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平成9年12月。静岡県浜松市と同引佐郡細江町の酒屋のグループ遠州夢倶楽部が、幻の酒『忍冬酒(にんどうしゅ)』を限定復活させた。 |
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〜プロローグ〜 |
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遠州夢倶楽部は、浜名湖に面する細江町で1993年(平成5年)産声をあげた酒屋のグループ。大型店やコンビニの攻勢に押されっぱなしの状況を何とかしたい、と集まった仲間によって立ち上げられ、次第に浜松市周辺にも会員を増やし、今は24軒が参加している。 「広辞苑に忍冬酒のことが出ているが、今どうなっているのか?」と大阪の方から浜松市役所に問い合わせがあったが、誰も知らず、そのままになっているというのだ。
とある。 |
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本業そっちのけ!とまではいかなったが、図書館・博物館等へ通い、忍冬酒なるものがいったい何なのか、どうして浜松の名産と記されているのか、分担して調べまくった。すると、この忍冬酒がかつては紀州、伊勢、筑後、肥後、会津、仙台で作られていたこと、愛知県犬山では慶長2年より連綿と受け継がれ、現在でも忍冬酒(荵苳酒)が名産として販売されていることが分かったのであった。 一方、浜松の忍冬酒は「三河の住人であった神谷権兵衛が、徳川家康公の浜松への移住に伴い、浜松に居を構え、この地で初めて忍冬酒を製造。これを家康公に献上していたく誉められた。1596年(慶長元年)には家康公より太刀一口、金五枚、並びに居住地を拝領、酒製造の許可を得た」と浜松市史にあり、以後1943年(昭和18年)までおよそ400年の間、製造販売され続けたことが判明した。 古文書によると、製造法は次のとおり。糀上白一升、よく冷ました上等の白餅米五升、焼酒(焼酎か?)一斗に、スイカズラ二五匁を加えてよくかきまぜる。さらには肉桂、人参、みりんなどを加えることもあるが、これをよくかきまぜて桶に「固く」いれておく。桶にはさらに「うちへ入るほどの落し蓋」をして、密閉しておく。数年間、寝かせてから蓋を開けると、ふくよかな味わいになっている。そのまま何年間でも放置し、熟成させることができる。 参勤交代で東海道を旅する諸大名も争って求めたとの伝えもあるが、明治初期の資料には「名産忍冬酒」の記録があり、また1918年(大正7年)浜松商品標本陳列所が開館した折にも、忍冬酒が登場している。 昭和初期には浜松駅のホームで立ち売りするほど浜松みやげとして定着していた。その忍冬酒も太平洋戦争の激化とともに企業整備が進み、醸造石数の割り当てが減少したのを機に、製造中止。以後、忍冬酒の復活がいくたびか試みられたが、成功せず、いつしか忘れ去られてしまったというわけだ。 |
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…と、歴史的なことはわかったのだが、肝心の忍冬酒そのものを飲んでみたい、飲めないなら味を知っている人から話を聞きたいというのが、酒類販売業を営む遠州夢倶楽部の切なる願い。だが、製造が中止になった1943年からすでに50年以上経っている。実際に製造に携わっていた最後の職人さんは、前年亡くなっていた。きっと叶わぬ願いだとあきらめていたら、思わぬ展開。 調査スタートから半年ほど後、ローカルテレビの取材を受け、忍冬酒の復活を目指していると話したところ、なんと、かつて神谷家で営業として働いていた方が訪ねてみえたのである。これを機に、足取りがつかめなかった神谷家19代目の当主神谷政雄氏とお目にかかることもできた。神谷さんの話から、ほとんどの資料がアメリカ軍の艦砲射撃で焼失したこと、戦後復活をはかったが、製造の免許が取れず頓挫したことなどが明らかになった。また、ありがたいことに、忍冬酒の製法を記した江戸時代初期の巻き物の写しをみせてもらうこともできたのである。 |
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かつての忍冬酒は入手不可能。ならば、基本的な製法に基づいてつくってみようということになった。秘伝の部分があるというが、それは致し方ない。 忍冬酒はリキュールに分類される。地場産品のオリジナル食品というのが、遠州夢倶楽部の基本姿勢であり、メーカーも県内に求めた。たまたま大仁町にあった酒造所が、リキュールの製造免許をもっており、依頼したところ、「やってみましょう」という返事。飲んでみたことがないのだから、相談しながらやるしかないのである。 製造方法をメーカーに伝え、課題をひとつひとつつぶしながら自分達の酒を作っていく作業は楽しかった。梅酒タイプがいいのか、ブランデータイプがいいのかなど、試作を重ね、平成9年12月、遠州忍冬酒復活第一号は完成。出会いからほぼ1年経っていた。 |
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ところで、今私たちの手元には皆さんにお分けできる遠州忍冬酒は今、1本もない!製造していた大仁の酒造所が大手メーカーに吸収合併され、リキュール製造部門を県外に移転したため、製造が滞っているのだ。従って、「忍冬酒復活、忍冬酒販売してます」と記されたホームページを見た全国各地の薬酒愛好家から、メールで注文をいただいているが、お送りできないでいる。 75歳まで現役でいた家康公が愛した酒と聞けば夢がふくらむ。遠州忍冬酒を求めた愛飲者の方々にも、そんな思いがあったのではないか。せっかく3年がかりで復活した忍冬酒だ。できるだけ早く、首を長くして待っている方々にお届けしたい、そう思いながら、2004年春発売の予定で準備を進めている。 |
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◆2006年5月現在も販売中です。 |
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どんな味?…ご愛飲いただいた方の声 |
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