byウチザワ酒店

平成9年12月。静岡県浜松市と同引佐郡細江町の酒屋のグループ遠州夢倶楽部が、幻の酒『忍冬酒(にんどうしゅ)』を限定復活させた。
家康公の長寿を支えた薬酒とは?
そして平成16年春再び、半世紀の空白を超えてよみがえる『忍冬酒』と酒屋たちの物語。

 
家康公の愛した長寿の薬酒・忍冬酒(にんどうしゅ)
 
〜浜松で生まれた幻の酒が半世紀ぶりに復活〜
 


徳川家康公の誕生日(天文11年12月26日)にちなんで、2005年2月4日(旧暦の12月26日)、忍冬酒を久能山東照宮奉納しました。→詳しくは『忍冬酒奉納行状記』をご覧下さい。

◎2004年4月、忍冬酒が完成しました。
日本経済新聞にも取り上げられた遠州夢倶楽部の忍冬酒をめぐる動きと、
忍冬酒の今をお伝えします。

1.広辞苑と忍冬酒…スイカズラと忍冬酒
2.忍冬酒はどこに?…幻の酒を探し求めて
3.試作・販売そして完売…家康公の縁深い遠州人たち
4.忍冬酒の今…試作ではない、本物の醸造に向けて
5.購入方法…忍冬酒を味わうには・・・
 このページからご購入いただけるようになりました。
6.どんな味?…愛飲されている方からのお便り
7.連絡先

〜プロローグ〜
 江戸初期から昭和18年まで、約400年間製造され続けていた『浜松名産・忍冬酒』は、太平洋戦争を境に姿を消した。そして今、忍冬酒の第二の復活を目論むプロジェクトが、遠州の酒屋たちの手で進められている。忍冬酒の再来は、浜松に戦後の終わりを告げるひとつの出来事であり、平和を求めた戦国最後の武将徳川家康公の長寿へのロマンの復活でもある。
JR浜松駅キオスクに、再び忍冬酒が並ぷ日は来るだろうか? 

 
 
 
 

1.『広辞苑』にあった忍冬酒

 遠州夢倶楽部は、浜名湖に面する細江町で1993年(平成5年)産声をあげた酒屋のグループ。大型店やコンビニの攻勢に押されっぱなしの状況を何とかしたい、と集まった仲間によって立ち上げられ、次第に浜松市周辺にも会員を増やし、今は24軒が参加している。

 ワイワイガヤガヤの会合の中から出てきた話が、「地場産品にこだわった自分たち独自の商品を作って、売ろう」。そうなったら、動くのは早かった。まずは醤油と見定めて、調査に乗り出した。出かけた先は浜松インター南にある地場産業振興センター。秋山俊行さんという市役所職員に窓口でいろいろ対応してもらったが、あれこれ話す内、「酒屋だったら忍冬酒のことを知らないか?」と質問された。平成8年秋のこと、これが忍冬酒との出会いだった。

 「広辞苑に忍冬酒のことが出ているが、今どうなっているのか?」と大阪の方から浜松市役所に問い合わせがあったが、誰も知らず、そのままになっているというのだ。
確かに広辞苑には

忍冬酒/薬用酒としてスイカズラの茎葉の浸出液と焼酎との混成酒。浜松市の名産

とある。

 だが、仲間の誰も知らない。スイカズラのことも知らない。調べてみると戦前まで相当量販売していたことが判明、倶楽部の定例会の席上、面白そうだから復活を前提に調べてみようと全会一致で決まり、調査がスタートすることになった。いやはや気の早いこと、これが遠州夢倶楽部の持ち味なのだ。


徳川家康 公
浜松城公園の徳川家康像



忍冬酒の昔の広告
時代不明の忍冬酒の広告ラベル

 
 

スイカズラ(スイカズラ科)[吸葛]

 道端や山野に生える半常緑でつる性の木で、他の草や木にからみついて伸びる。花が咲き初めは白だが、後に黄色に変わることから金銀花〈キンギンカ〉の別名もある。
 葉が冬でも完全に落葉せず、少し残ることから忍冬〈ニンドウ〉とも呼ばれ、漢方では消毒、解熱などに用いられる。花は5月〜6月にかけて、長さ3-4センチで2個ずつ並んで咲き、香りがよい。果実は黒い球形で、直径は5-6ミリ。

スイカズラについてもっとよく知りたい時は・・・
『イー薬草ドットコム』 薬用効果などが載っています。 

『三浦半島の野草』『スイカズラ』のページ
スイカズラ (忍冬)

『花の家』のウェブマスター"なずな"さんが撮影した、神奈川県三浦半島に自生するスイカズラの花とつぼみ。なずなさんいわく、甘い蜜がある花で、子どもたちがよく吸ったりしているそうです。

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2.忍冬酒はどこに?

 本業そっちのけ!とまではいかなったが、図書館・博物館等へ通い、忍冬酒なるものがいったい何なのか、どうして浜松の名産と記されているのか、分担して調べまくった。すると、この忍冬酒がかつては紀州、伊勢、筑後、肥後、会津、仙台で作られていたこと、愛知県犬山では慶長2年より連綿と受け継がれ、現在でも忍冬酒(荵苳酒)が名産として販売されていることが分かったのであった。

 一方、浜松の忍冬酒は「三河の住人であった神谷権兵衛が、徳川家康公の浜松への移住に伴い、浜松に居を構え、この地で初めて忍冬酒を製造。これを家康公に献上していたく誉められた。1596年(慶長元年)には家康公より太刀一口、金五枚、並びに居住地を拝領、酒製造の許可を得た」と浜松市史にあり、以後1943年(昭和18年)までおよそ400年の間、製造販売され続けたことが判明した。

 古文書によると、製造法は次のとおり。糀上白一升よく冷ました上等の白餅米五升焼酒(焼酎か?)一斗に、スイカズラ二五匁を加えてよくかきまぜる。さらには肉桂人参みりんなどを加えることもあるが、これをよくかきまぜて桶に「固く」いれておく。桶にはさらに「うちへ入るほどの落し蓋」をして、密閉しておく。数年間、寝かせてから蓋を開けると、ふくよかな味わいになっている。そのまま何年間でも放置し、熟成させることができる。

 参勤交代で東海道を旅する諸大名も争って求めたとの伝えもあるが、明治初期の資料には「名産忍冬酒」の記録があり、また1918年(大正7年)浜松商品標本陳列所が開館した折にも、忍冬酒が登場している。

 昭和初期には浜松駅のホームで立ち売りするほど浜松みやげとして定着していた。その忍冬酒も太平洋戦争の激化とともに企業整備が進み、醸造石数の割り当てが減少したのを機に、製造中止。以後、忍冬酒の復活がいくたびか試みられたが、成功せず、いつしか忘れ去られてしまったというわけだ。


中央は歌手のディックミネ
昭和15年頃宣伝用に撮影された
写真。中央は歌手のディックミネ


忍冬酒の昔の陶製容器
忍冬酒の昔の陶製容器
昔の陶製容器。

 
 

 …と、歴史的なことはわかったのだが、肝心の忍冬酒そのものを飲んでみたい、飲めないなら味を知っている人から話を聞きたいというのが、酒類販売業を営む遠州夢倶楽部の切なる願い。だが、製造が中止になった1943年からすでに50年以上経っている。実際に製造に携わっていた最後の職人さんは、前年亡くなっていた。きっと叶わぬ願いだとあきらめていたら、思わぬ展開。

 調査スタートから半年ほど後、ローカルテレビの取材を受け、忍冬酒の復活を目指していると話したところ、なんと、かつて神谷家で営業として働いていた方が訪ねてみえたのである。これを機に、足取りがつかめなかった神谷家19代目の当主神谷政雄氏とお目にかかることもできた。神谷さんの話から、ほとんどの資料がアメリカ軍の艦砲射撃で焼失したこと、戦後復活をはかったが、製造の免許が取れず頓挫したことなどが明らかになった。また、ありがたいことに、忍冬酒の製法を記した江戸時代初期の巻き物の写しをみせてもらうこともできたのである。

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3.遠州忍冬酒の復活(試作・販売、そして完売)

 かつての忍冬酒は入手不可能。ならば、基本的な製法に基づいてつくってみようということになった。秘伝の部分があるというが、それは致し方ない。

 忍冬酒はリキュールに分類される。地場産品オリジナル食品というのが、遠州夢倶楽部の基本姿勢であり、メーカーも県内に求めた。たまたま大仁町にあった酒造所が、リキュールの製造免許をもっており、依頼したところ、「やってみましょう」という返事。飲んでみたことがないのだから、相談しながらやるしかないのである。

 製造方法をメーカーに伝え、課題をひとつひとつつぶしながら自分達の酒を作っていく作業は楽しかった。梅酒タイプがいいのか、ブランデータイプがいいのかなど、試作を重ね、平成9年12月、遠州忍冬酒復活第一号は完成。出会いからほぼ1年経っていた。


忍冬酒
平成9年12月に完成した
復活忍冬酒第一号(完売)

 
 


 最小ロットは4500本。メーカーに製造を依頼する時から分かっていたが、果たして売れるのか、いくら楽天的な遠州夢倶楽部とはいえ、多少の心配はあった。が、これが杞憂だった。ローカルテレビ局の取材から糸口が見つかったと書いたが、全国紙や地元紙も私たちの動きに注目して忍冬酒について取材してくれた。これが効を奏し、忍冬酒は瞬く間に完売してしまったのである。

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4.新・忍冬酒の発売は、2004年春。

 ところで、今私たちの手元には皆さんにお分けできる遠州忍冬酒は今、1本もない!製造していた大仁の酒造所が大手メーカーに吸収合併され、リキュール製造部門を県外に移転したため、製造が滞っているのだ。従って、「忍冬酒復活、忍冬酒販売してます」と記されたホームページを見た全国各地の薬酒愛好家から、メールで注文をいただいているが、お送りできないでいる。

 75歳まで現役でいた家康公が愛した酒と聞けば夢がふくらむ。遠州忍冬酒を求めた愛飲者の方々にも、そんな思いがあったのではないか。せっかく3年がかりで復活した忍冬酒だ。できるだけ早く、首を長くして待っている方々にお届けしたい、そう思いながら、2004年春発売の予定で準備を進めている。

 
 


(追伸)

2004年4月、忍冬酒が完成しました。
まだ興奮さめやらない気持ちですが、とりいそぎ皆様にお知らせします。
『知恵袋.com』
の、「みちくさ東海道」浜松の宿にも掲載されていますので、ご参照下さい。

2006年5月現在も販売中です。
購入をご希望の方は、このホームページからウチザワ酒店宛てに忍冬酒をご注文いただけます。 右の注文フォームにてご希望の本数を記入し、「購入する」をクリックしてください。
なお、送料については、下記の注意書きをご覧ください。

遠州 忍冬酒
720ml 化粧箱入り
2,500円(税込み)
 
 

どんな味?…ご愛飲いただいた方の声
その後、忍冬酒を初めて召し上がった方からお便りが届きましたのでご紹介します。
「家康公という武将が好まれたお酒と聞いていたので、辛口を想像していたら、飲みやすい甘さのお酒でした。お屠蘇に似た味わいと香り、なるほど!日本のリキュールなんですね。毎日少しづつ戴いております。」(静岡県・S様)
「昔聞いたことのある名前のお酒だと思い購入してみました。大正10年の生まれです。普段は養命酒を愛飲していますが(笑)、忍冬酒は良いですね。大事に飲んでいます。」(静岡県・T様)

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(あとがき)
とうとう完成しました!
 忍冬酒がとうとう完成しました。酒屋の店先で購入できます。感慨深いものがあります。
遠州夢倶楽部での新・忍冬酒の開発にともない、歴史の酒への思いが仲間の中に再び甦えり、私たちの心を熱い風が吹き抜けました。
季節は春! 忍冬酒の再復活の喜びを、ぜひ多くの方々と分かち合いたいと思っています。
当ウチザワ酒店でも扱っておりますので、「家康公の酒を飲んでみたい」と思われた方はご連絡ください。(またはお気軽にお立ち寄りください。) お待ちしております。

このホームページはウチザワ酒店が運営しています
ウチザワ酒店
/昭和52年創業、遠州夢倶楽部加盟店、日本名門酒会加盟店、良い食品を知る会加盟店。平成5年度浜松市店舗コンクール最優秀賞受賞

所在地 : 〒431−2102 浜松市都田町7547−75
電話番号 : 053−428−2527  FAX : 053−428−2527
営業時間 : 9:30〜21:00  定休日 : 毎週月曜日
駐車場 : 有(店頭6台)
交通機関 : 車−国道257号線根洗町信号西へ100m
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